室町遺跡第14地点
所在地 :北九州市小倉北区室町二丁目
調査時期:令和4年9月5日~10月7日
調査面積:412㎡
調査の内容
本遺跡は紫川河口の西岸にあり、小倉城西曲輪の北端部に位置している。今回の調査区は幕末に描かれた「小倉城藩士屋敷絵図」において、長崎街道の起点である常盤橋の正面にある「御客屋」の敷地内にあたる。
今回の調査では表土下に幕末の小倉城自焼時の焼土層が確認でき、この下に少なくとも3層の遺構面を確認した。上層は自焼時焼土層直下の近世の遺構面で、この面では焼土層の上から掘り込まれた近代の遺構も確認でき、花崗岩の割石で作られた井戸や石列、溝状遺構、瓦溜り、ピットなどを検出した。
中層は表土下1mほどにあり、火災の痕跡と思われる焼土が検出されている。焼土は5箇所で確認でき、その範囲は調査区全体に及んでいる。この面では埋甕、礫群、円礫溜り、溝状遺構、土坑、ピットなどが検出され、これらの遺構からは土師器や陶器、青花、瓦などが出土しており、戦国期の遺構面だと考えられる。また、2基の井戸をこの面で検出したが、上面に撹乱を受けており、近世に下る可能性がある。完掘できた3号井戸は自然礫を積み上げて作られている。深さは約3mで、礫層を床面としており、ここに桶を据えている。
下層は中層の下60㎝程下位にある砂丘面で、ここでの標高は約2mである。この面ではピットなどの遺構が確認されており、これらの遺構からは13世紀代と思われる青磁碗などが出土している。
これらの状況から、紫川河口の砂丘であった場所が中世以降に利用され始め、特に戦国期以降は礎石建物などが継続的に建てられていたと考えられ、城下町が形成されていく過程を考える上で重要な資料を得る事ができた。
調査区全景(上が東)
3号井戸完掘状況(北西から)
5号溝状遺構 青銅製匙出土状況(南西から)
主な遺構
中世〜近世 | 井戸、礫群、石列、焼土面、溝状遺構、土坑、ピットなど |
主な遺物
中世〜近世 | 近世の土師器、陶磁器、瓦、中世の土師器、青花、青磁、白磁、銭貨、獣骨、鉄滓など |
コンテナ | 128箱 |